ジスイズアペーン!は使えぬ英語

私がこどもの頃、最初に習う英文といえばこれでした。This is a pen.
「おれ英語しゃべれるぜ、ジスイズアペーン」
などとギャグにも使われる定番ともなっていました。
今でも、英語と言えばThis is a pen.が思い浮かぶ人は多いのではないでしょうか。

けれどこの英文、実用としてはほとんど「使い物にならない」のです。 ジスイズアペーンと言われても、言われた方は普通、 「……。…で?」 としか言いようがありません。いや、別に町中でいきなり叫ばれたわけでなくても、です。 目の前に実際にペンがあり、それを指してこう言う、という、「まったく正しい」文脈であっても、です。

これは何?と聞かれて答えるなら「これはペンです」も日本語としてはあり得るかもしれません。 でもその場合、英語では "What's this?" "It's a pen" であって、This is a pen. とは普通ならないのです。

ところで、なんで What is this? と聞いたのに答えは It’s a pen. になるの?

なまじ典型的な優等生だった私は当時ぜんぜん疑問に思わなかったのですが、これに疑問を持つ人の方が本当の意味で賢い人だと思います。

中学生の時は、上のやりとりを
「これはなんですか」
「それはペンです」
と「訳して」いて、つまり、
This=これ
It = それ
…なのだ、と思い込んでそれで納得していたのでした。

たぶん、けっこう多くの人がそうなのではないでしょうか。

しかし実は、それはぜーーんぜん違うのです。

かつての英語学習はもう第一歩目から、つまづいている、いや、どちらかというと「つまづかされている」状態だったのですね。つまづいたコドモを助け起こすどころか、つまづいたことにすら気づかないまま学習は進んでいき、コドモはいわば立ち上がらずに這ったままズルズルジタバタしていたようなもんです。

でも今、声を大にして言わなければならないのは、
This = これ That =あれ It =それ  ではない!
…ということです。

日本語のいわゆる「こそあど」(これ、それ、あれ、どれ、ここ、そこ……etc)と英語の指示詞はそのシステム自体が異なっているのです。

日本語は
「自分に近い」=「こ」
「相手に近い」=「そ」
「自分からも相手からも遠い」=「あ」
という3つの分け方をしているのに対し、英語では
「自分に近い」=this(these)
「自分から遠い(相手に近い場合もそうでない場合も含む)」=that(those)
の2つにしか分けていません。

じゃ it  は?

it は、実は厳密には this  や that  の仲間ではないのです。

ここで少し話が変わりますが、初対面の人同士を紹介するとき、主語としてはやはりthisを使います。
“Jane, this is my friend, Peter.”
のように。He is my friend Peter.ではなくて。
時々こう言うのを聞いて、
「人に対して『これ』なんて言って失礼じゃないんですか!」
とか言う人がいますが、もちろん失礼じゃありません。彼らには自分が『これ』などとモノ呼ばわりされたようには聞こえていません。日本語に訳すならこの場合は
「ジェーン、こちらは私の友人のピーターです」
てな感じでしょう。

もうひとつ、たぶん誰でも知っているだろうが、電話で名乗るときは
I’m Leila.とは言わず
“Hello, this is Leila.”
と言います。これもやはり日本語にするとすれば「こちらはレイラです」というところでしょう。

どうして、人を指しているのに、IとかHeとかSheとかの「人称代名詞」ではないのでしょう?

ここに it のヒミツを解くカギも隠されています。
つまり it はどちらかといったら、I や He や She の仲間であり、this や thatとは「シマが違う」のです。

上に書いた、初対面の人同士を紹介する場合、最初はThis is~と言いますが、その後はすぐにHeとかsheに切り替わります。
電話でも、最初に名乗った後は普通にI~で話を続けます。電話だからといっていつまでも自分のことをThisと言っているわけではないのです。

つまり、人であるかモノ(あるいは言葉や概念や行為である場合も)であるかに関わらず、

this やthat は「(初出を)紹介する」機能を持った”スポットライト”の語なのです。

それまで暗がりにあって存在が分からなかったものに、ぱっとライトを当てる。相手はライトが当たったモノに、ほい、と目を向ける。そのための言葉です。注目してもらうためには「位置」も問題ですが、ともあれ話者の近くか遠くかだけが区別されます。手や指や、あるいは目線などで「どれを指しているのか」を分かってもらう必要も当然あります。

それにたいし(あとで改めて説明しますが)、it や he や she や I など普通の代名詞には、そのようにスポットライトを当てる機能はなく、「すでにスポットライトが当たっている」(話している同士が互いに分かっている)人やモノしか受けることができません。
逆に、すでにスポットライトが当たっているものには、通常は再び当てる必要がないのです。

だから。
“What’s this?”
なにかを指し示しながら尋ね、たずねられたほうはもう指し示す必要がないので
“It’s a pen.”
と答えればよいということになります。主語が要らない日本語の場合はItに当たる語も要らないわけですが。
(このことはまた項を改めて説明します)

相手がまだ認識していないモノ(スポットライトが当たっていないモノ)をいきなり持ち出してきて、聞かれてもいないのに
“This is a pen.”
と言ったら相手は
「はい?で?」
となってしまうというのがこれでお分かりになるでしょう。ライトをあてて紹介したら、その後の展開が必要になるのです。

ただしもちろん、この文を使う状況が皆無なわけではないですよ。
たとえば、いろいろなものが雑多にあって、それぞれが何であるのか説明していく必要があるようなとき…
そう、まさに「英語の授業のはじめの頃、教室にあるモノの英語名を説明する」
ような場合にはこの形の文が成り立つでしょう。
This is a pen, This is a book, That is a desk…などと次々指し示しながら紹介していくのです。
そういう状況があるが故に、英語の授業の始めの方でこの文が出てきてしまうハメになるのでしょうが、困ったことにその後に実生活で自然に応用していくのが難しいのです。

このたぐいの文を使うその他の状況は…あるいは手品でもやっているとき?
なにかの実験などの手順を説明しているとき?
ああ、テレビショッピングとかで商品を紹介するときにもあるかな。
ともあれ、けっこう「特殊な」場面しか思いつきませんね。

でも、似たような文構造でも、
This is my pen.
ならばとたんに「自然」になります。ほかにもいくつかあるペンと区別して
「これ」は「私の」ペンだ、と言っている状況だと自然に思えるから。
最近の「英語の第一歩」はThis is a penではなく、このような代名詞の所有格を使うようになっているようですが、これならもう一つの大問題である「不定冠詞(a)」も避けられてよいですね。

こういう諸々のことを、「実感」して「ピンと来る」ようになるためには、act out、つまり「実際にやってみる」が不可欠です。
簡単ですよ。
そこらにあるペンを取り上げて、とりあえず
This is a pen.
と口に出してみて下さい。
自分でも
「……で?」
という気分になるから(^_^;)。
ここであとに続く内容は、やはりそのものについて何らかの紹介を続けるというぐらいしか思いつかないでしょう。

でも同様に、そこらにある本をとりあげて
This is my book.
と言ってみましょう。
すると(英語でなくてもいいですが)
「あなたの本はそっちだよ」
とか
「これはこの間古本屋で買ったんだ」
とか
「読み終わったら貸してあげるよ」
とか、とりあえずそこにつなげて言いたくなることも思い浮かぶはずです。
(ちなみに、This is the book I bought yesterday. 「これが昨日買った(例の)本なんだ」のように限定したアイテムに言及するのなら自然です。This is a pen.の問題点は実は冠詞の「a」のほうにもあるのですが、これについては後ほど改めて)

また、ここで
「取り上げて」言う
のは大事です。
「手元にあるモノを指し示して紹介する」のが this  なので。thatを使ってみたければ、相手の手元にあるモノや、とにかく自分の手元にはないモノを指や目線で指し示しながら
That is~と口にしましょう。

まずはこのthis とthatの感覚を身につけることが、結果的に「それとは違う種類である」itの感覚を理解する助けになるかもしれません。
(ならば It とはなんなのか、ということはまた別項にて)

なにをあたりまえのことを、と思う方もいるかもしれません。
でも、英会話学校で30年教えてきての実感として、this やthatを口にするときにまったくなんの指し示すアクションも、その気もない、という生徒さんがほとんどなのです。そのことは「分かってない」ことの如実な証拠と言えます。感覚が身についていれば、たとえテキストをなぞっているときであっても、そういうアクションはわずかでも本能的に出るはずだから。

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